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生い立ち物語 <第五章> 再起期編

日野佳恵子思いつき日記 2004.10.01 記事より

生い立ち物語
<第五章> 再起期編

「タウン誌就職事情」

私は母方の姓になって広島へ行きました。友だちは1人もいません。町も知りません。
そこで就職活動を始めました。当時はインターネットもリクナビもないので、タウン誌、新聞をみて、履歴書を持って歩きました。

しかし、就職は厳しいものでした。大学を辞めて、その後2年間飲み屋で歌っていた、そんなよくわからない女の子は危なっかしくてしょうがないのでしょう。普通の事務も受けましたが、20歳くらいですからちょっとでも格好いいところしか考えません。地元の中小企業などよくわからないので、私は有名企業ばかり受けにいきました。中途採用ですから配送や受付といった仕事ですが、全部落ちました。私は一生懸命に企業を選んでいましたが、相手も選んでおり私みたいな子はダメでした。

アルバイトをするしかない。とりあえず時給で稼げるところに入ろうと考えました。
花屋さんでアルバイトをしたり、いろいろなところに勤めてみました。口がちょっと達者だったし、歌も歌えたし、音楽にもちょっと詳しかったので、ミニFM局が拾ってくれDJをしました。小さな番組でしたが、おしゃべりをして音楽を流すという仕事をしていました。

そうするとそれを聞いている人から、「口も立つし行動力もありそうだからうちに来ないか」とタウン誌での就職の話がありました。私はよくわからないままタウン誌の会社に入りました。
私は何になりたいという夢は全然なかったのですが、たった1つの夢は父にお詫びに行くことでした。

しかし、フリーターをしている自分がいやで、まだ謝りに行くことはいやでした。
高校3年生のときにあれだけお金を出して音大まで行かせてもらって、自分で稼ぐとどんなに大変かがわかっているのに、このまま「お父さん、ごめん」は言えませんでした。

父が「お前もちょっとは頑張ったな。武蔵野音大を勝手にやめられて、俺はものすごく憎んだけど、まぁよくやったな。しょうがない」と言ってくれる日はいつだろう。それがただ、1つの夢でした。

私はタウン誌の会社に入社しました。もちろんこのような業界の仕事は未経験でした。出版社は仮の名で、タウン誌のビジネスモデルは営業広告です。広告が取れてなんぼ、広告を取らなければ出版できません。広告営業が花でした。

「お前、文章は書けないし(でも国語は得意だったのでかけるようになったのですが)、印刷のことはわからないし、写真のことはわからない。お前は元気がよくて足腰が強そうなので、営業に行け」と言われました。

20代の私は広島の本通りという一番大きな商店街に立ちました。友達、知り合いといった人脈もなく、どうしていいかわからないので、私は商店街の入口に立って深呼吸をして、着物屋さんに入って、「すみません。こんにちは。○○タウン誌ですけど、広告をください」「広告?いらない」。「すいません。こんにちは。店長さん。広告を出してもらえませんか」「広告?うちは広告は要らないよ」。「すいません、こんにちは」と商店街を全部行きます。私は地図が書けるほどお店を覚えています。商店街を歩ききっても1件も取れない。1ヶ月に30万円稼いでいた女が、3万円の小さな枠が1日歩いて1つも取れない。もう1回行ってまた戻ると契約が取れない日が何週間も続いていました。

「初の広告契約成立!」

あるとき私は贈答品屋さんに飛び込みました。ちりめんや漬け物など、私が買いそうにないものが贈答品として並んでいる店でした。

「こんにちは、広告を下さい」「広告は要らない」。もう慣れているので「わかりました。すみません、名刺だけ置いていきます」と言うと奥から男の人が出てきました。
あとでわかったのですが、その人が社長さんでした。

その後、ビジネスは決定権のある人を狙えというのがよくわかりました。当時はわからないですから、こんにちは、こんにちはとやっていました。
奥から出てきた人に、「君は前にも来たよね。広告をくれと言うけど、広告3万円を出すと、うちはいくら売り上げたらいいか知ってるか」と言われました。
「3万円というのは、俺の会社が繁盛するために使う金だ。3万円を出す価値を感じたら、それ以上になる方法を教えてくれるなら、広告を出す」。ここで価値が出ました。3万円以上、お客さんが来る保証があれば出すと言うんです。広告だから保証はないです。

「すみません、今はアイデアがないので失礼します」と出ようとしました。そうしたら、「待て、君でもできることがある。それをしたら今日3万払ってやろう。君はこの商店街を行ったり来たりしているけれども、俺の店で買い物をしたことはあるか」。
私が行きそうもないような店です。「君がうちでよく買ってくれている常客だったらとっくに出している。買いもしないやつが俺から金を取るのか」怒られるのはいやですから、「すいません。わかりました」と出ようとしたら、「でも君にもできることがある。店はいつも来てくれている常客さんも大事だけど、買わない人がどうしたら買うのかを勉強したいんだ。なぜ君はここで買わないのか、ここで語れ。」と言われました。

「20代の子は贈答をするのか」「バレンタインのときにチョコレートは買います。彼ができたら、クリスマスにプレゼントをします」。「贈答はしないのか。贈答はどういうイメージだ」「お中元とかお歳暮ですね」「では、この店を見てどう思う」。そのお店はほこりっぽかったので、「ここは食べ物が置いてあるのに、けっこう足元まで置いてあって不衛生な気がするのと、ほこりっぽくていやです」と言ってしまいました。
怒られるかなと思ったら、社長さんが「食べ物が足元にあると不衛生でほこりっぽいか。お前ら聞いたか、ここの食べ物を少し上にあげることはできないか。お前たち、ここをちゃんと雑巾で掃除しているか」。周りにそんな命令をされました。

これが私のマーケティングとの出会いです。企業はお客様に出会いたい。企業は商品を売りたいためにさまざまな投資をするということを3万円で知りました。また買わない人がどうしたら買うのかを考えることもビジネスになると知りました。この社長さんは「君はいいことをいっぱい教えてくれたから、3万円を出してやろう」と言われて、始めての契約が成立しました。

「消費者の意見を知ること」

私はこのときにコツをつかみました。相手が知らないことを知っている。つまり買う側の意見を知ることもビジネスになると知りました。

たとえばケーキ屋さんに入ります。今までは、「広告ください」「広告はいらない」と言われると名刺を置いていたのに、黙ってお店を見て、ケーキを買ってみることにしました。ケーキを買って、家に持ち帰って食べてみます。
会社に行って、事務や編集のスタッフに「このケーキ屋さんってどう?」と聞いてみます。「あそこは何とかケーキはおいしいけど、チーズケーキがまずいんだよね」「チョコレートケーキだったらどこどこだよね」とみんなよく知っています。「昔はチーズケーキにすごく並んでいたんだよ。でも最近ちょっとまずくてさ」そんな話がボロボロ出てきます。私はそれを一生懸命にノートにメモしました。

商店街に戻り、今度はケーキ屋さんでお客様の入ってくる流れをみます。みんなはどのケーキを買うのだろう。見ているといろんな会話をしながら選んでいます。そこで情報収集をしてから「すみません、店長さんいらっしゃいますか。○○タウン誌ですが、御社のお店の取材をさせていただけませんか。」私は広告という言葉をやめました。「取材ですか、それはうれしいですね」とお店から出てきます。ここもポイントです。お金を取られるのはいやだけど、メリットになることはみんな好きです。
「お店を紹介するコーナーをつくりましたので、取材記事を載せさせてください」と言うと、いろいろ一生懸命話をしてくれ、仲良くなります。そして、ほかの店舗などの情報収集したことをもとにお話をしました。
「君、おもしろいね」という話になったところで、「一緒にフェアをやりませんか。とてもおいしいケーキ、店長さんが苦労して集めた大切にしている栗なら、記事のかたちで広告にしませんか」そんな話に持ち込むと広告が本当によくとれました。

ビジネスはお互いにメリットがなければ意味がないのです。お互いがウィン・ウィンの関係でなければいけません。お金を出すからには必ず価値を求めます。それは売り上げという価値のときもあるし、ものという価値、情報という価値のときもあります。

私は毎日、商店主さんたちとの出会いの中で本当に勉強させていただきました。

HERSTORY代表取締役
日野佳恵子

⇒ <第六章> 出産期編を読む

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